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南岳寺 長南年恵堂
(なんがくじ ちょうなん[おさなみ]としえどう)
山形県鶴岡市砂田町
 真言宗の寺院で、湯殿山にある注連寺の分寺である。湯殿山の修行者の修行所として建立されたものとされる。そしてここには鉄竜海上人の即身仏が安置されている。
 鉄竜海上人は文政3年(1820年)に出羽に生まれた。若い頃に友人を喧嘩で殺して出奔、各地を放浪している中で南岳寺の住職・天竜海の弟子となって修行。その後、木食行を経て即身仏となる。ただ明治14年(1881年)に病没後に即身仏となったが、当時は墳墓発掘禁令が出されていたために、法令の出る前の明治元年(1868年)に入定したとし、さらに大正頃までその存在を秘密として守ってきたという。
 全国的にも珍しい即身仏が拝観できる寺院であるが、さらにその境内には長南年恵を祀る淡島堂(長南年恵堂)がある。
 長南年恵は、日本の超常現象事件史の中でも特筆される人物である。文久3年(1863年)に鶴岡で生まれたが、20歳頃から水とわずかばかりの食物(生のサツマイモ)以外は不食の状態を続けたという。またそのためか排泄物もなかったとされる。そして霊水と呼ばれる液体を空の瓶に満たすという超常現象を多々引き起こした。このことが原因で何度か警察署に拘留されたが、その時も不食・無排泄などの信じがたき状況であった(ただしこの状況については、年恵の弟が警察署長に対して書状で確認を要請したものであり、最終的には警察側は明確な回答をおこなっていない)。
 そして最も有名な事件は明治33年(1900年)12月に神戸でおこなわれた実験である。これは神戸地方裁判所で無罪判決が出たあとに、弁護士の依頼を受けて実験がなされ、霊水を出現させたとの記録が残る(全裸での身体検査をおこない、裁判官が封をした瓶を用意して暗室に入ると、約5分ほどで濃い黄色の霊水を瓶に満たしたとされる。その霊水は裁判長が持ち帰っている)。
 年恵は明治40年(1907年)に亡くなったが、不食であるにも拘わらず普通の人と同じぐらいに働き、容貌は年齢の割にはかなり若く見えていたと言われる。
 昭和31年(1956年)に起きた鶴岡の大火の際に、南岳寺も罹災。鉄竜海上人が再建した本堂も全焼した。しかし本尊と鉄竜海上人の即身仏は被災に遭わず、また長南年恵堂も類焼を免れている。
<用語解説> 
淡島堂
和歌山の淡嶋神社を総本社とする。淡島神は、粟島からやって来た少彦名神、住吉明神の后で婦人病を患って淡島に流された神、伊弉諾命と伊弉冉命の国産みの際に出現した淡島などの諸説がある。婦人病をはじめ安産・家事上達など、女性にまつわる事柄に霊験のある神とされる。
<関連伝承地>

南岳寺

長南年恵堂

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