生石皇様

【おんじのうさま】

六条院中エリアに「生石」という名のバス停がある。そのバス停から目と鼻の先にある植え込みの中に、小さな石置かれている。これが生きている石と言われる、生石皇様である。

御後園(現・後楽園)造営の際に庭園を飾る石として、この地を通りがかった藩主によって見いだされ、岡山城下に持ち運ばれていった。するとその夜から「生石にいのう(帰ろう)、生石にいのう」泣き出した。これに怒った藩主が手討ちにすると、血を吹き出した。この奇怪な出来事のために「生きている石」とみなされて、急ぎ元の場所に戻され、村人によって大切に扱われるようになったという。

<用語解説>
◆後楽園の造営
日本三大名園の一つ。着工されたのは貞享4年(1687年)であり、当時の藩主は池田綱政である。生石皇様の案内板には「池田光政」とあるが、綱政の父にあたる先代藩主であり、着工時には既に亡くなっている。また造営の責任者は、光政の時代より土木事業に辣腕を振るっていた代官の津田永忠が当たっている。

アクセス:岡山県浅口市六条院中