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日本武尊御血塚社
(やまとたけるのみことおちづかしゃ)
三重県四日市市采女町
 伊吹山で山の神を侮ったために病に倒れた日本武尊は、養生しつつも疲れ切った身体で、大和国を目指して歩を進めていた。やがて伊勢国に入ると、急な坂にさしかかり、杖を突きながら登り切った。この時、日本武尊は「吾が足は三重の勾がりの如くして、はなはだ疲れたり(私の足は三重に折れ曲がったようになって、非常に疲れた)」と言ったという。
 この坂は後に「杖衝坂」と呼ばれ、旧東海道でも有名な急坂として知られるようになった。そしてこの近辺は日本武尊の言葉から「三重郡」と呼ばれることとなり、現在の三重県の由来となっている。

 そして杖衝坂を登り切ったところに御血塚社がある。衰弱した身体で坂の上に辿り着いた日本武尊が、足下を見ると出血していたので、この場所で血を洗い落として止血したとされる。
<用語解説>
日本武尊
第12代景行天皇の第二皇子。熊襲・出雲を制圧した後、東征をおこなう。東征後に尾張国に戻ると、伊吹山の神を退治に行くが昏倒。その後回復するが衰弱が激しく、大和国へ帰還する途中、能褒野で亡くなったとされる。
『古事記』では、伊吹山から帰還する途上の様子を描き、各地の地名の由来となるエピソードを記している。杖衝坂もその中に1つである。なお『古事記』の記述では、「三重」のエピソードはこの坂とは異なる場所のように書かれているが、伝承としてはセットとして流布している。
<関連伝承地>

御血塚社

御血塚社

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