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鬼の手形 三ツ石神社
(おにのてがた みついしじんじゃ)
岩手県盛岡市名須川町
 昔、この地に<羅刹(あるいは羅教)>という名の鬼が棲んでおり、悪事の限りを尽くしていたという。困り果てた人々がこの地で崇拝されていた<三ツ石様>という自然石に祈願したところ、たちまち鬼はこの巨石に縛り付けられた。さすがの鬼もこの神聖な威力に恐れをなし、二度とこの地に現れないと約束し、この巨石に自分の手形を押して立ち去ったという。この伝説によって、この地は鬼が二度と来なくなった場所という意味の「不来方(こずかた)」と呼ばれるようになり、また鬼が岩に手形を押したということから「岩手」という名前が出来たと言われている。そして盛岡の代表する夏祭りである<さんさ踊り>の由来も、羅刹という鬼がこの地から去ったときの民衆の喜びを表現したものであると伝えられている。
 三ツ石神社の入り口に立つと、その問題の3つの巨石が出迎えてくれる。調査によると、この岩は元来1つの岩だったらしいが、年月と共に3つに割れてしまったのだという。さらに岩手山で噴火が起こった際にとんできたものであろうと推測されている。その唐突にそびえ立つ岩を見ていると、その巨大さゆえに信仰の対象となり得たことが十分理解できる。しめ縄を張られた岩の表面は苔むしており、今でも鬼が手形を押した場所だけは苔が生えないので、手形らしきものが見えるという(残念ながら、最近ではかなり薄れてしまい、肉眼で確認するのは難しい)。
<用語解説>
三ツ石神社
祭神は少彦名尊。創建は不明だが、この地域で最も古い神社であるとされている。慶長4年(1599)に南部藩がこの地に居城を構えた際、家祖である南部光行の御霊をこの神社に迎えている。

不来方の地名
南部藩が居城を構えた時も「不来方」の名前であったが、その名が縁起がよくないと忌避することとなり、その後「森ヶ岡」さらに「盛岡」と改称された。この新しい名称は、城下の鬼門にあって鎮護の役目を果たした永福寺の山号“宝珠盛岡山”から取られたものであり、元禄時代以降に付けられたと言われる。

田村麻呂伝承
この手形の伝承として、三ツ石神=坂上田村麻呂、羅刹=蝦夷という組み合わせで、全く同じような話が残されている。おそらく東北一円に広がる田村麻呂伝承が、この鬼の話を巧みに取り込んで完成させて流布したものであると推測する。この三ツ石神社が屈指の古社であることを裏付ける証拠であるだろう。
<関連伝承地>

三ツ石神社


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